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人との縁や偶然 スケートメダリスト黒岩彰さんが群馬県嬬恋村副村長に転身

人との縁や偶然 スケートメダリスト黒岩彰さんが群馬県嬬恋村副村長に転身

夏秋キャベツ出荷量日本一の群馬県嬬恋村で、昭和を代表するスケート選手である黒岩彰さんが副村長に就任してから2年半となりました。66歳の時にスポーツ界を引退し、行政職へ転身した黒岩さんは、1988年カルガリー冬季五輪で男子500メートルスピードスケート銅メダリストとして名を馳せました。その後、プロ野球チーム西武ライオンズの球団代表も務めた彼の新たな職責について、改めて考察します。

黒岩さんは村長である熊川栄(78歳)のサポートを主な任務としています。群馬県町村会長を歴任するなど多忙なため、村長が不在の際には業務を滞りなく運営します。また、地域間交流や県内外との意見交換会にも積極的に参加しています。最近では群馬県知事山本一太氏らとの会議に村長代理として出席し、嬬恋村のビジョンを発表したばかりです。

黒岩さんは日々の業務で大きな声で挨拶することを心掛けています。「おはようございます」「お先に失礼します。お疲れさまでした」と全員に対して丁寧なあいさつを欠かしません。村役場の活気がそのまま村全体の活力と結びつくと信じています。この習慣は、職員一人ひとりに存在感を示し、自身の仕事に対する自信を表現しているのです。

嬬恋村に約45年ぶりに戻った黒岩さんは、高校時代から大きく変わった風景に感動を新たにしています。群馬県と長野県をまたがる活火山浅間山やその麓に広がる「鬼押出し園」、バラギ高原の湖など多様な自然美は、訪れた人々に特別な体験を提供します。村へ足を運んだ人が何かを感じ取ってくれるよう、魅力的な仕掛け作りを常に考えていると語ります。

嬬恋村の名前は日本武尊(やまとたけるのみこと)が帰路に立ち寄った際、亡き妻をしのんだ故事に由来します。このような背景から、「愛妻の丘」もあります。「夫が浅間山に向かって愛を叫ぶ」というシンボリックな場所です。

黒岩さんは東京の自宅に帰ることは滅多にありません。妻と息子が新居で生活しており、彼は週に2回程度しか訪れていないといいます。「令和6年4月からの副村長就任」は偶然の連鎖から始まったものです。専修大学スケート部監督時代に群馬へ戻ることを想像していなかった黒岩さんでしたが、人との出会いやタイミングが彼の人生を新しい方向へ導きました。

1966年群馬県嬬恋村生まれ。専修大学卒業後、国土計画入社。現役引退後は西武ライオンズの球団代表や新高輪プリンスホテル営業支配人を経て、嬬恋村副村長に就任。その多彩なキャリアは、今後も地域の発展に寄与することでしょう。

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