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愛媛・宇和島の「遊子水荷浦の段畑」、祖先からの財産を守り続ける

愛媛・宇和島の「遊子水荷浦の段畑」、祖先からの財産を守り続ける

山裾に立てられた石垣が連なり、ひとつまたひとつと上昇していく。このような段々畑は瀬戸内沿岸で広く見られるが、愛媛県宇和島市南西部の遊子地区にある「遊子水荷浦の段畑」は特別な存在感を放っている。この地域の段々畑は、一般的なものとは一線を画す独自性を持っていることがわかる。

「足元に気をつけて」そう注意された佐野邑子さん(78)に従い、畑の側面にある階段を上った。その途中では急勾配が続き、まさに壁をよじ登るかのような感覚だった。地元の話によれば、傾斜角は最大で約45度に達し、一部の石垣の高さは人の背丈ほどもあり、その数は場所によっては70段に及ぶ。

畑の幅はおおよそ畳1畳分で、これが横に数十メートルにわたり広がっている。隣接するカゴを見ると、中には収穫したジャガイモがぎっしり詰まっており、その光景は印象的だ。

種芋には北海道産の「男爵」を使用している。この地域特有の石垣の保温性と排水性に優れた土壌によって、収穫されるジャガイモは外観も美しく、味わい深く評価されている。地元農家のPRでもこの特徴が強調されており、「段畑で栽培することによって生まれるつややかな表面」とその美味しさをアピールしている。

あぜ道が狭くなると、目の前には広大な景色が広がった。段畑から見下ろす集落や海の風景は息を呑む美しさで、養殖用いかだが太陽光を反射して輝き、まるで宝石のように映えていた。しかし、そんな美しい風景とは裏腹に、その高さから足元がすくむほどの急斜面に直面することになる。

この段畑は江戸時代初期に作られたとされている。遊子地区では、当時漁業を主な生計手段としていた住民が、食料の自給自足を目的に山を開墾し始めたことがその起源だとされている。昭和30年代半ばには10ヘクタールもの面積を誇っていたが、上り下りの過酷さや石垣の補修の手間から、平成11年には2ヘクタールまでその広がりは減少した。しかし、この頃から保存運動が起こり、現在では3ヘクタールへと回復している。

地元の人々は「段畑」と呼び、これに特別な意味を込めている。他の場所で一般的に使われる「段々畑」ではなく、「段畑(だんばた)」という独自の名称は、この地域の歴史や文化への強い誇りを示している。

NPO法人「段畑を守ろう会」副理事長である松田鎮昭さん(62)は、地元住民が段畑を保持し続けている背景について語った。「合理性や効率性を求めないまま黙々と作業する人々の姿勢こそ、この段畑が今日も残っている理由です。住民たちの祖先が築き上げたものを守り続けようという強い意志に尽きます」と彼は説明する。

この段畑の保持は、単なる農業活動以上のものである。それは文化的遺産を次世代へとつなぐ重要な使命でもあり、地域住民にとって大切な生活の一部として受け継がれていくことであろう。このような取り組みは単なる農業を超えた、深い歴史的・文化的価値を持っているのだ。(写真報道局 大西史朗)

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