仁徳天皇陵古墳、国内最大級の前方後円墳は堺市に位置し、その壮大な姿が気球から一望できる。昨年10月4日から始まった「おおさか堺バルーン」の運行により、利用者は早くも5万人を超えた。この高台から見下ろす市街地と共に、1700年前の古代日本が目に浮かぶかのようだ。
仁徳天皇は中国の禹王と同様、民の暮らしを宮殿から見守っていた。炊煙が立ち上がらない家々の貧しさに心を痛め、税を免じる「民のかまど」という善政が伝えられている。これは古事記や日本書紀にも称賛された教訓であり、現代でもその価値が見直されている。
歴史の専門家や政治家の間では仁徳天皇の統治をどう評価するかが話題になっている。2012年、平成24年は古事記編纂から1300年を迎えた節目だった。政治改革を掲げて「新党さきがけ」を立ち上げた武村正義氏によれば、「仁徳天皇は禹王のように民を知り、信頼を築く政治を行った」という。現代社会で物価高が問題となる中、食料品の消費税減税といった施策が「かまど」に豊かさをもたらす可能性を考えさせられる。
仁徳天皇の善政は後世にも影響を及ぼし、飛鳥時代の孝徳天皇がそれを模範とした。蘇我入鹿暗殺事件を受けて即位した彼は、政治改革「大化改新」を推進し、都を飛鳥から難波へ移すことで仁徳天皇が見守った場所に首都を置いた。これはまさに古代の政治的革命だった。
前方後円墳の名付け親は江戸時代の尊王家、蒲生君平であり、彼は中国皇帝の遺体を運ぶ「宮車」に似ているとしてこの名前をつけた。現在でも陵墓の前方部に鳥居がある背景に君平の考えが関係しているとされる。
気球から見下ろす仁徳天皇陵古墳は、その地上約100メートルの高さから大阪湾の風を感じることができる。目の前に広がるのは国内3位の履中天皇陵や御廟山古墳など、日本最大級の古墳群「古墳銀座」だ。この場所から感じ取れる歴史的風景は、気球によって初めて体験できる特別なものと言える。
仁徳天皇の時代から続く善政の伝説は、現在の社会問題への対応において重要な示唆を与えている。政治家や学者たちはこれら古代の教訓から何を学び取り、どう活かすことができるのか、その答えを現在と未来に向けて模索している。
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