人気ゲーム『Fate』シリーズで知られるTYPE-MOONが手掛ける壮大な伝奇世界を生み出すシナリオライター、奈須きのこ氏が新たに小説「魔法使いの夜」(全3巻、星海社)の刊行を開始した。この作品は2012年に発売された同名ゲームを基に再構築し、青春とバトルを文字だけで描く試みとなっている。
奈須氏がシナリオライターとして活躍する背景には、長年の読書体験がある。30年以上前にカバンにしまった本から生じる物語の余韻は、彼女に多大な影響を与えたという。今日では電子書籍も広く普及している中で、「紙の本が持つ特別感」を再確認し、豪華に作られたゲームを小説として形にすることに挑戦した。
「魔法使いの夜」という作品は、現代に生きる魔法使い見習い・蒼崎青子、その指導者である魔女久遠寺有珠、そして新入生静希草十郎の3人が高校生活と非日常的な戦いを織り成す物語。もともとは20代で書かれた長編小説を基に、2012年にテキスト主体のノベルゲームとしてリリースされた。
新しい小説版では媒体の特性を考慮した修正が加えられており、ゲームで使用された豊富なイラスト素材に加え、原画家こやまひろかず氏による新規描き下ろしのイラストも採用。これによりゲーム版の迫力を小説形式でも堪能できる。
物語の中心人物たちはそれぞれ異なる個性を持ち、青子は意志が強く、有珠は冷静だが頑固、草十郎は山育ちでどこか抜けている。互いに相容れない彼らが古めかしい洋館での共同生活を通じて少しずつ妥協していく様子は、奈須氏自身も「奇跡のような3年間」と振り返る。
作品に影響を与えたという少女小説ブームの立役者である氷室冴子氏の代表作『雑居時代』では、性格が異なる男女3人が共同生活を送る物語が描かれていた。奈須氏は「読了後に感じる気持ち良い悲しさ」を自身の作品でも表現したいと考えている。
物語の時代設定は、1980年代末からバブル崩壊までの時期を背景にしており、「コンビニが開店することへの喜び」や「豊かさへの希望」など当時の生活感を描写。バブル経済崩壊後の消費主義に対しては冷静な視点を持ち、作品中ではその象徴とも言える廃虚化した遊園地が重要な役割を果たす。
奈須氏の改稿プロセスは、20代の自身に対する懐かしさと30代で手掛けたゲーム作品への厳しい自己評価が交錯したものだった。ノベルゲーム文化における「極北」を目指す『魔法使いの夜』は、その後3DCG技術が主流となり、同様の演出手法を持つ作品が生まれなかったことで特別な位置付けにある。
小説として再構築された「魔法使いの夜」では、音楽やビジュアルの存在しない中で読者が自身の想像力を存分に働かせることになる。主要キャラクター・有珠が用いる魔術は童話「マザーグース」からインスパイアされ、文字表現によって神秘性を増している。
奈須氏は「小説では読者それぞれが自分なりの解釈を見つけられる。秋の夜長に一人で楽しんでもらえたら」と、作品の魅力を伝えている。かつて小説家志望だった彼女はその後、TYPE-MOONのゲームシリーズを通じて人気を博し、今回の小説プロジェクトに挑戦した。
「空の境界」や「DDD」など複数の小説作品も手掛ける一方で、奈須氏はシナリオライターとしてのアイデンティティを重視し続けている。スマートフォンゲーム『Fate/Grand Order』や『月姫』のリメイク版などで活躍してきたが、再び小説に触れることで新たなインスピレーションを得ている。
「その面白さをまた味わうためにも今はゲームの仕事と戦っていかなければ」と語る奈須氏。シナリオライターとしての矜持を胸に、新しい物語を紡ぎ出す道を進み続けている。
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