愛知・名古屋アジア競技大会で、カバディ男子日本代表は惜しくも1次リーグ敗退に終わり、16年ぶりのメダル獲得を逃した。この舞台で代表ラストマッチとなった韓国戦では、主将の阿部哲朗選手(28歳)と副主将の千葉央人選手(27歳)が競技生活で最大級の歓声を浴びた。彼らは大学時代から約10年間、同じチームで激しくも温かい絆を育んだ。引退後もカバディに対する情熱を持ちつつ、人生の新たな道筋を模索している。(デジタル編集部 瀬戸聡仁) 阿部選手と千葉選手が最初に出会ったのは大東文化大学のキャンパスで、阿部選手がカバディ経験者だったことから新しいサークルを作ろうと呼びかけた。偶然隣のコートで練習していた千葉選手は、漫画「灼熱カバディ」に影響され、そのスポーツに興味を持って参加。やがてこの二人を中心にしたチームは9人のメンバーで結成された。初めはエンジョイ勢として始まったカバディ活動も、強豪大正大学に敗れたことから一変し、真剣な競技へと舵を切る。 阿部選手は「初めのうちは楽しさで集まったけど、自然と本気モードに突入した」と振り返る。一方、千葉選手も「悔しい思いをしながらスキルアップしたいという強い意志が生まれた」と語る。この変化はチーム全体の成熟度を高め、大学3年時には優勝の栄光を手に入れるほどになった。 卒業後も二人は共にチームを結成し、現在まで同じチームでプレーを続けている。しかし2023年のアジア大会では1勝も挙げられなかった。千葉選手は試合前に前十字靱帯断裂という重傷を負っており、「けがさえなければ」と悔しさを滲ませる。それでも日の丸を背負いたいという思いはますます強くなった。 新体制に移行する中、阿部選手は主将に指名され、「競技キャリアが長く信頼できる存在」として新田晃千監督からの期待を受けた。副主将として千葉選手もチームに参加し、異なるプレースタイルが試合中にバランスを取り、チーム力向上に寄与した。 阿部選手は攻撃面でチームの核となり、千葉選手は司令塔としてゲームのテンポコントロールを担う。試合ではこの役割が完璧に発揮され、関係者から「日本一カバディがうまい」と称えられた阿部選手と、理論的なプレーでチームを支える千葉選手のコンビネーションは特筆ものだった。 しかし、アマチュアスポーツの現実に直面し、代表からの引退を決意。カバディが主催する全日本選手権では「若手をぼこぼこにして『まだまだだな』と言う先輩でいたい」と阿部選手は語る。プライベートや仕事の両立が難しい中、千葉選手も「カバディに全てを捧げることが長期的に続けられない」と明かした。 日本代表として最後の試合となった韓国戦では、阿部選手は「これがやりたかった」という展開で全力を尽くし、千葉選手も悔いの残る試合結果に対して「もう少し早く条件を知れば戦術も変わっていただろう」と語った。しかし大会全体としては、若手選手が通用することが証明され、カバディファン層の拡大に成功した点を評価している。 このように、二人のカバディ人生はこれからも続き、新たな舞台で活躍することを約束されている。
「対極」コンビが刻んだ10年間…マイナースポーツでの代表引退と未来への思い
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