学術調査は時に過酷であり、体力が試されるものです。特にヒマラヤ植物研究を通してその現実を知ることができます。平成3年(1991年)夏、東京大学海外学術ネパール調査団に参加した際の体験から、海外調査の厳しい現実と地域特有の食事法が浮き彫りになります。この探検は、東京大学ヒマラヤ植物研究会の長い伝統を受け継ぐものであり、その背後には木原均先生率いる「カラコラム・ヒンズークシ学術探検隊」のような歴史が存在します。木原先生との出会いが高校時代、そしてその影響でヒマラヤへの興味を持つことに繋がりました。
この調査は2カ月間続き、6月29日から8月30日まで。その中で山岳部への入山期間だけでも1カ月近くもありました。東北地方での「年輪年代学」の研究を背景に、ネパールでも木の年輪調査を目指しました。参加者は主に日本人と現地の植物学者から成る8名で、移動手段はバスですが、山頂へ至るまでは歩くしかありませんでした。
調査隊長の鈴木三男先生も「過酷なエクスペディション」と表現するように、毎日山を登り続ける努力は極めて困難でした。テント生活が基本であり、重い荷物と共に歩き、設営も自ら行わねばなりません。
現地の食事はポーター役を務めるシェルパたちが用意してくれました。しかし、村から離れた高山帯では生きたヤギを連れて行き、それを調理する必要がありました。この方法は国や地域によって異なり、ネパールではまず首を切断し、血抜き後に肉を処理します。こうした場面は写真で記録されると同時に、香辛料が効いた料理として楽しみました。
また、平成10年(1998年)6月のモンゴル調査でも似たような体験をしました。ヤギの内臓を使った悪臭を放つスープは、現地では日常的な食事として受け入れられています。タンパク資源として重要なヤギは肉だけでなく内臓も利用され、それが毎食の献立に含まれます。このような文化的背景を踏まえ、調査隊員として多様な経験を重ねました。
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